宣言決議

旧緊急時避難準備区域の不動産損害賠償について、具体的な算定基準を策定することにより公平・公正な損害賠償を実現させることを求める決議

平成29年7月8日
東京弁護士会 法友会
決 議 の 趣 旨

東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所の事故により周辺地域の住民が被った不動産の損害については、原子力損害賠償紛争審査会の策定した一定の算定基準に基づき、原子力損害賠償紛争解決センターにおいて東京電力による損害賠償の解決が図られているが、「緊急時避難準備区域」については、他の地域と同様の被害を被っていると考えられるにもかかわらず、不動産損害賠償についての具体的な算定基準が定められていないため、東京電力による損害賠償が実現されていない。
我々は、このような不公平を解消するため、原子力損害賠償紛争審査会に対し、緊急時避難準備区域についても平成24年3月16日付「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間 指針第二次追補(政府による避難区域等の見直し等に係る損害について)」に準じた不動産賠償の具体的な算定基準を定め、東京電力による公平・公正な損害賠償を実現させることを求める。

決 議 の 理 由

1 緊急時避難準備区域の指定の経緯と状況

「緊急時避難準備区域」とは、平成23年4月22日に政府によって指定された福島第一原子力発電所の半径20km以上30km圏内の区域の内、計画的避難区域(福島第一原子力発電所の半径20km以上30km圏内の区域で原発事故発生から1年の期間内に積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある区域)を除く区域で、広野町全域、川内村、楢葉町、田村市、南相馬市の各一部である。
平成23年3月11日の東日本大震災に起因して同年3月12日~15日にかけて福島第一原子力発電所の1~4号機建屋が各損壊したことにより、放射性物質が飛散し、そのため、福島第一原子力発電所の半径20km以上30km圏内の区域については、平成23年3月15日に政府が屋内退避区域と指定され、その区域の居住者等に対し屋内退避を行うことが指示された。
この屋内退避指示については、期間が長期に及び、物流等に停滞が生じ社会生活の維持が困難となったため、政府は平成23年3月25日に屋内退避区域の市町村に対し自主的避難を促した(その詳しい経緯については、末尾の注1参照)。
その後、この福島第一原子力発電所の半径20km以上30km圏内の区域では社会生活の維持継続が困難となりつつあり、また、今後の事態の推移によっては、放射線量が増大し避難指示を出す可能性も否定できないという状況になったため、平成23年4月22日に政府による「緊急時避難準備区域」の指定がなされた。
同区域の居住者等への避難等の指示の内容は「常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うこと。なお、この区域においては、引き続き自主的避難をし、特に子供、妊婦、要介護者、入院患者等は、当該区域内に入らないようにすること。また、この区域においては、保育所、幼稚園、小中学校及び高等学校は、休所、休園又は休校とすること。しかし、勤務等のやむを得ない用務等を果たすために当該区域内に入ることは妨げられないが、その場合においても常に避難のための立退き又は屋内への退避を自力で行えるようにしておくこと」(平成23年4月22日付け公示)であった。
この指示により、緊急時避難準備区域内の居住者は、避難等の指示が解除されて帰還が実際に可能になるまで居住地からの避難することを余儀なくされ、この政府による緊急時避難準備区域の指定は、平成23年9月30日に解除されるまで続いた。

2 原子力発電所事故による損害賠償についての基準・指針について

原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という)により原子力事業者が負うべき責任の範囲は、原子炉の運転等により及ぼした「原子力損害」である(同法3条)。
この原子力損害の被害者を迅速、公平かつ適正に救済する必要があることから、原子力損害賠償紛争審査会が、原賠法に基づき、「原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針」(同法18条2項2号)を策定している。この指針は、原子力損害として賠償すべき損害と認められる一定の範囲の損害類型を示したものである。
原子力損害の財物賠償については平成23年8月5日付「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下「中間指針」という)の 「第3 政府による避難等の指示等に係る損害について」の「10  財物価値の喪失又は減少等」の(指針)のⅡ②において放射性物質に曝露し「財物の種類、性質及び取引態様等から、平均的・一般的な人の認識を基準として、本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認められる場合」には賠償すべき損害とされている。
さらに(備考)の3で(指針)Ⅱ②について「放射性物質の付着により財物の価値が喪失又は減少したとまでは認められなくとも、財物の価値ないし価格が、当該財物の取引等を行う人の印象・意識・認識等の心理的・主観的な要素によって大きな影響を受けることにかんがみ、その種類、性質及び取引態様等から、平均的・一般的な人の認識を基準として、財物の価値が喪失又は減少したと認められても やむを得ない場合には、賠償の対象となる」と補足されている。
すなわち、避難指示等がなされた区域の不動産に放射性物質が付着したことで一般人が心理的・主観的判断で取引を避けるようになったことにより価値が減少した場合も原子力損害になるとされているのである。
そして、原子力損害の不動産賠償については、平成24年3月16日付「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間 指針第二次追補(政府による避難区域等の見直し等に係る損害について)」(以下「中間指針第二次追補」という)の「第2 政府による避難指示等に係る損害について」「4 財物価値の喪失又は減少等」において指針が定められた。

3 緊急時避難準備区域における不動産賠償についての具体的な算定基準の欠如の問題点

しかし、この平成24年3月16日付の指針は、平成24年4月1日の政府による避難区域等の見直しにより、帰還困難区域、居住制限区域、避難解除準備区域に再分類された各避難区域について、「Ⅰ)帰還困難区域内の不動産 に係る財物価値については、本件事故発生直前の価値を基準 として本件事故により100パーセント減少(全損)したものと推認することができるものとする。Ⅱ)居住制限区域内及び避難指示解除準備区域内の不動産に係る財物価値については、避難指示解除までの期間等を考慮して、本件事故発生直前の価値を基準として本件事故により一定程度減少したものと推認することができるものとする」とされたが、その時点で避難等の指示が解除されていた緊急時避難準備区域については、何も定めがなされなかった。
この中間指針第二次追補を承けて経済産業省が平成24年7月に「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方について」を発表した。これにより不動産賠償については、原発事故時の宅地、住居の算定方法を定めたうえで「帰還困難区域においては、事故発生前の価値の全額を賠償し、居住制限区域・避難指示解除準備区域は、事故時点から6年で全損として、避難指示の解除までの期間に応じた割合分を賠償する」として賠償額の具体的な算定方法が定められた。
しかしながら、緊急時避難準備区域については「住宅等の補修・清掃に要する費用として、30万円の定額の賠償を行うこととし、これを上回る場合は実損額に基づき賠償するものとする」と補修、清掃費用の賠償しか定められなかった。
このように、政府は緊急時避難準備区域の不動産賠償について具体的な算定基準を定めておらず、このため、東京電力は緊急時避難準備区域の不動産賠償を実施していない。

4 原子力損害賠償紛争解決センターでも緊急時避難準備区域の不動産賠償が実現されていないことについて

原子力損害賠償紛争解決センターは、東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故の被害者の原子力事業者である東京電力株式会社に対する原子力損害の賠償請求について、円滑、迅速、かつ公正に紛争を解決することを目的として設置された公的な紛争解決機関である。
しかし、この原子力損害賠償紛争解決センターにおいても、緊急時避難準備区域の不動産賠償の申立てに対し、賠償基準がないことを理由に打ち切り処理をする方針をとっていた(野山宏「原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解の仲介の実務9」判例時報2210号・3頁)。
そのため、原子力損害賠償紛争解決センターにおいても緊急時避難準備区域の不動産賠償が実現されていない

5 緊急時避難準備区域の不動産についての損害賠償の必要性と、そのために必要な具体的な算定基準について

中間指針の「第2 各損害項目に共通する考え方」「1」は、原子力損害の範囲について、「一般の不法行為に基づく損害賠償請求権における損害の範囲と特別に異なって解する理由はない。」「本件事故と相当因果関係のある損害、すなわち社会通念上当該事故から当該損害が生じるのが合理的かつ相当であると判断される範囲のものであれば、原子力損害に含まれると考える」としており、前記2で述べたとおり中間指針第二次追補では、「避難指示等がなされた区域の不動産に放射性物質が付着したことで、一般人が心理的・主観的判断で取引を避けるようになったことにより価値が減少した場合も、原子力損害になる」とされている。
それゆえ、福島第一原子力発電所の半径20km以上30km圏内である緊急時避難準備区域の不動産にも、原発事故により放射性物質が飛散して付着したことにより原子力損害が生じているものと考えられる。
にもかかわらず、今日に至ってもその賠償は実現されていない。その主たる理由は、緊急時避難準備区域について不動産賠償の具体的な基準が定められていないことにあるといえる。
  しかし、緊急時避難準備区域の不動産の価値減少による損害についても、中間指針第二次追補に準じた「事故時点から6年で全損として、避難指示の解除までの期間に応じた割合分を賠償する」とする具体的基準を定めることが可能である。
よって、緊急時避難準備区域の不動産について原子力損害が生じていると考えられるにもかかわらず、今日に至っても賠償が実現していないという状況を改善し、取り残された原発事故被害者が法的救済を受けられるように、原子力損害賠償紛争審査会に対し、緊急時避難準備区域についても平成24年3月16日付「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間 指針第二次追補(政府による避難区域等の見直し等に係る損害について)」に準じた不動産賠償の具体的な算定基準を定め、東京電力による公平・公正な損害賠償を実現させることを求めるものである。

注・「東京電力福島発電所における事故調査・検証委員会中間報告」270~271頁から引用)。
「3月15日の屋内退避指示以降、同区域内で自主避難する住民が増加し、また、屋内退避区域内のスーパーや銀行等の生活に必要な店舗が撤退しつつあった。そのため、区域内に残って屋内退避していた住民のみならず、区域外で生活する住民の生活が困難な状況が生じた。例えば、いわき市では、3月15日以降、北部の一部地域に屋内退避指示が出されたが、いわき市全体に屋内退避指示が出されたとの誤報が広がったことなどから、同市内全域で、コンビニやスーパーの店員が避難して閉店状態となった。また、物資輸送のトラックも同市内に入って来なくなったため、大型免許等を有する消防署職員等が郡山まで出向き、タンクローリーを運転していわき市内まで運ぶなどしなければならない状況であった。また、南相馬市では、屋内退避区域内の住民が自主的に避難したことに伴い、市内の店舗が相次いで閉鎖したこと、トラックなどが屋内退避の30km圏内に入ってこなくなったことなどが原因で物流が止まり、生活が困難になった。そのため、同市は、住民の自主避難を支援するため、3月18日から20日まで及び25日に、バスを用意した上で集団避難を行った。」
「このような状況を受け、3月25日、枝野官房長官は、記者会見で、屋内退避区域において物流が止まるなどし、社会生活の維持継続が困難となりつつあり、また、今後の事態の推移によっては、放射線量が増大し、避難指示を出す可能性も否定できないとして、区域内の住民に対して自主避難を呼び掛けるに至った。」