IPO支援に関する弁護士の役割

3部67期 淺尾 弘一

第1 はじめに

 2024年上期の株式市場は、2024年6月末時点で日経平均株価は40,000円前後で推移している状況にあります。こうした状況を背景として、2024年上期(1月~6月)の国内のIPO企業数は、TOKYO PRO Marketヘの上場及びTOKYO PRO Marketを経由した上場を含めると61社であり、2023年上期の58社から3社増加しており、国内の株式市場の好況国内のIPO市場は引き続き堅調に推移しているといわれています。
 上記のとおり、国内のIPO市場が堅調に推移しているため、新規上場又は市場区分の変更を目指す企業の顧問弁護士その他外部の弁護士(以下「外部弁護士」といいます。)という立場から、IPO支援に接する機会を持つことは珍しいことではないと考えられます。
 他方で、当該企業内部の法務部門の弁護士(以下、外部弁護士と区別する意味で「内部弁護士」という用語を用います。)という立場から当該企業のIPO支援を行う、という機会に接することは決して多くはないと考えられます。
 当職は、新規上場を果たしたスタートアップ企業(以下「A社」といいます。)において、内部弁護士としてIPO支援に携わる、という極めて貴重な機会に接しました。
 そこで、本稿では、当職の経験を通じて、当職が携わったN-1期から申請期までの間に何を考え、どのように対応しているか、外部弁護士とどのように関わっていたかという点を紹介するとともに、この経験を通じて、当職自身が外部弁護士として関与する場合には、どのような点に留意しなければならないと感じたのか、という点について述べます。
 なお、本稿は、あくまでも当職が携わったA社における経験に依拠するものであり、IPOを目指す企業全般に等しく当てはまるものではないこと、また、IPOを巡る法律上の問題点を網羅的に論じることは能力の限界を優に超えるため、IPO支援の実務に関する言及が中心とならざるを得ないことをあらかじめ申し添えます。

第2 IPOと内部弁護士の役割及び外部弁護士との関係

1 IPOとは

 IPOとは、Initial Public Offeringの略称であり、一般的には株式公開ともいわれています。株主が比較限定している未上場会社の株式を証券取引所に上場し、株主数を拡大させて、株式市場での売買を可能となるための手続です。

2 IPO準備

 IPOの実現のためには、上場審査基準を満たすための社内体制の整備を行うことが極めて重要となります。通常、IPOの準備を開始してからIPOの実現までには、3年程度の期間を要するものとされており、この3年程度の期間をかけてIPOの実現に向けた準備を行っていくこととなります。
 このように、IPO準備は、3年程度の期間を要する長期的なプロジェクトでありますので、スケジュールの管理及びタスク管理が重要であるといわれています。

3 上場申請までのスケジュールとタスク

 IPOまでの期間は、一般的に「IPO準備期」と「申請期(N期)」に分かれます。そして、「IPO準備期」は、直前期を意味するN-1(エヌマイナスイチ)期、直前々期を意味するN-2(エヌマイナスニ)期、申請期の3期前の期を意味するN-3(エヌマイナスサン)期と区別されます。以下、それぞれの期について、簡単に説明させていただきます。
⑴ N-3期
 N-3期とは、申請期の3期前の期をいいます。この期は、会社規模に応じて株式上場(IPO)に必要な管理体制を構築することが求められます。また、監査法人等による「IPO課題抽出調査(ショートレビュー)」を受け、IPO準備過程において検討すべき課題の洗い出しを実施します。「IPO課題抽出調査(ショートレビュー)」で識別された課題は、優先順位をつけて順次改善を行い、監査法人等によるフォローアップ(改善状況の確認)を受けることとなります。まずは社内にIPOプロジェクト担当者を設置し、基本的な社内規程を整備することから始まるのが一般的です。
⑵ N-2期
 N-2期とは、申請期の2期前の期のことを意味し、上場会社と同様の内部管理体制の整備、運用の段階に入っていることが求められます。監査法人が実施したショートレビューの結果を踏まえ、改善事項の明確化、コーポレートガバナンスやコンプライアンス体制を含めた内部管理体制の整備、関係会社・関連当事者取引の整備を進めていきます。また、この期では、主幹事証券会社と契約し、公開引受部門の関与や内部統制報告書への着手なども始まります。
⑶ N-1期
 N-1期とは、申請期の前の期のことを意味します。上場会社と同様の内部管理体制を期首から運用することが求められます。Ⅰの部やⅡの部等の上場審査書類その他の書類のドラフトを作成し、主幹事証券会社の審査が開始されます。
⑷ N期
 N期とは、上場申請を行う期をいいます。主な業務内容としては、①上場申請書類(Ⅰの部、Ⅱの部、各種説明資料、発行企業の情報等)の作成、②主幹事証券会社による証券審査、取引所審査対応、③事業計画及び成長可能性に関する事項の作成、④ロードショー対応などがあります。

4 各期における内部弁護士の対応と外部弁護士との関係

 前記第1で述べたとおり、当職は、N-1期から内部弁護士としての支援を開始しました。そこで、以下では、N-1期及びN期における具体的な対応について述べます。
⑴ N-1期について
 当職がA社に内部弁護士として携わった当時、直ちに主幹事証券会社からの多岐に亘る質問事項や改善事項に対する対応の要否及びその内容に加え、改善事項に沿った改善を実施する必要がありました。具体的には、制定された社内規程の改定作業、稟議システム及び反社会的勢力該当性のチェックシステムの改善などへの対応などを実施していました。また、取引先その他の関係者の倒産問題への対応のほか、過去の株主総会や取締役会の法定書類の不備への対応、申請期に向けた株主総会及び取締役会への準備などへの対応に迫られます。このように、内部弁護士として対応すべき事項は多岐に亘ります。
 他方で、言うまでもなく、企業のビジネス展開を止めることはできません。本業のビジネスの売上が低迷してしまうと、上場審査にも影響が生じてしまうからです。このため、ビジネス展開に応じた契約書のドラフトやレビュー、景品表示法や独占禁止法などの審査を迅速かつ丁寧に進めていく必要に迫られます。
 この時期は、ビジネス展開を決して阻止することはできないものの、やはりN期を目前に控えた状況にあるため、法的リスクに対する評価が慎重かつ保守的にならざるを得ません。他方で、ビジネス側としては、売上目標の達成に向けて必死となる時期でもあるため、多少無理をしてでもビジネスを推進したいという意向を有しており、企業内部における意見の対立が生じることがあります。
 こうした企業内部における意見の対立の調整を行うにあたっては、やはり外部弁護士の存在が極めて重要となります。外部弁護士から、法的リスクの顕在化の可能性及び顕在化による影響の大小を的確に指摘し、その上で法的リスクを許容することができるか否か、という視点からの意見を受けることにより、企業内部の適切な意思決定に寄与するからです。逆にいえば、この時期に携わる外部弁護士には、当該企業がN-1期にあることに留意しつつ、企業内部の意見対立状況を的確に理解しながら意見を述べる必要があることを痛感しました。
⑵ N期について
 N期は、特に管理部門やIR部門を中心として、上場審査書類の作成、証券審査及び取引所審査への対応に迫られ、この対応に逼迫する時期でもあります。これに加えて、内部弁護士としては、N期特有の突発的に生じる事象への対応が重要となります。
 まず、上場審査書類の作成、証券審査及び取引所審査への対応については、基本的に法務に関連するすべての書類の作成と他部署が作成した書類のレビューを行います。また、主幹事証券会社による証券審査及び取引所の審査対応においては、突発的に生じた案件に対する対応状況を踏まえつつ、審査に悪影響が生じないように回答を準備する必要があります。
 次に、突発的に生じる事象への対応については、法務部門が関与しなければならない性質及び内容の案件であるのが通常であることに加え、当該事案の解決の方向性を誤ると主幹事証券会社又は取引所の審査に悪影響が生じるおそれが大きいものです。このため、内部弁護士としては、審査に悪影響が生じるおそれをできる限り払拭しつつ、当該事象の解決を図るよう社内外の関係者を主導するか、という点についての手腕が問われるところです。こうした案件への対応は、仮に内部弁護士として対応することができる案件であっても、外部弁護士に相談した上で、必要に応じて代理人に就任していただくよう依頼します。この場合、内部弁護士としては、外部弁護士に対し、N期におけるスケジュール感を外部弁護士と共有するとともに、スケジュール感に応じた対応を求めていく必要があります。
 また、上場直前のファイナンスに関するリーガル・カウンセルに就任する外部弁護士との協議及び折衝などがあります。この点、実際の上場に至るまでのファイナンス分野については、当職も浅い知識を有しておりましたが、到底太刀打ちできるものではありませんでした。特に、届出前勧誘の禁止規定(金融商品取引法4条)との抵触の有無やロードショーマテリアルに対するリーガルレビューなどについては、違反することによって生じる悪影響が極めて大きいものの、外部弁護士なくしては到底対応することができません。このため、これらの分野に精通した外部弁護士の協力を仰ぐことが必須の分野であるといえます。

第3 最後に

 当職が内部弁護士として携わったA社は、様々な困難に直面しつつもこれらを乗り越え、晴れてIPOを実現することができました。
 この経験を振り返ってみたとき、あくまでも私見ですが、IPO支援に携わる外部弁護士に求められる役割は、IPOの準備状況を踏まえたスケジュール感に留意しつつ、企業内部の状況を的確に理解しながら、幅広い法律問題に対して解決の方向性を示すことができる点にあると考えます。
 今後、当職が外部弁護士としてIPO支援に携わる際には、内部弁護士として培った経験に加え、上記役割を果たすことを念頭に置いて携わって参りたいと考えます。