困難な問題を抱える女性への支援に関する法律の施行

3部68期 佐竹 雅

第1 はじめに

 何年か前から「トー横」や「トー横キッズ」という言葉を耳にするようになりました。新宿『東』宝ビルの『横』や、その界隈に集まる若者のことを指す言葉です。
 数年前、国選弁護の担当日に事務所で待機していたところ、件のトー横界隈で、売春防止法違反により逮捕された若い女性の事件について、原宿警察署への出動要請がありました。

第2 売春防止法と女性支援

 売春防止法は1957年4月に施行された法律で、文字通り、売春の防止を目的として制定されました。
 同法では、売春すること又は売春の相手方になることは禁止されていますが(3条)、刑事罰の対象とはなっていません。ですので、売春をしたことそれ自体で逮捕されることはありませんが、売春の勧誘や周旋、場所の提供等の行為が刑事罰の対象となっています(5条~16条)。

 国選弁護の出動要請があった事件の女性は、売春の勧誘行為(5条、いわゆる立ちんぼ)で逮捕・勾留されていました。
 女性が売春を行うようになったのは、飲食店へのツケが溜まって、これを返済するためでした。もともと勤めていた勤務先は、コロナ禍で閉業し、その後は売春等をしながら返済を行ってきたとのことでした。なお、女性には軽度の知的障害がありました。

 刑事弁護を担当する際は、検察によって起訴されるのか、起訴されるとしたらどのような刑罰が見込まれるのか等の見通しを立てつつ、弁護活動を進めていくことになります。
 勧誘行為による売春防止法違反の刑罰は、6ヶ月以下の懲役又は1万円以下の罰金と定められています(5条)ので、仮に起訴されるとすれば、そのような刑罰が課せられる可能性があります。
 ただ、この女性の事案については見通しを立てづらく感じていました。1つには、私が売春防止法違反事件を初めて担当することもありましたが、もう1つには、経済的に困窮し収入を得る手段が限られている中で、このような状況に陥らざるをえなかった女性に対し、上記のような刑罰を課すことがいったいどのような問題解決(更生や再犯防止)につながるのか…という疑問が拭えなかったためでした。

 そこで、売春防止法の趣旨に立ち返ることになりますが、2024年4月1日に改正される前の売春防止法では、売春の防止を図る目的の手段として、「性行又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずること」が規定されていました(改正前1条)。
 すなわち、様々な事情により、売春を行うおそれのある女子に対しての保護・更生にも法の重点が置かれているといえ、実際、改正前17条以下には「補導処分」「保護更生」について細かな規定が置かれていました。

 そうすると、この女性については、身体拘束から解放された後、再び売春の勧誘等を行わないように環境調整を試みることが必要で、この見込みが一定程度立てば、起訴猶予が十分にありえるという見通しを立てました。
 そこで、まずは、女性の身元保証人となってくれる人を探すことにし、家族にコンタクトを試みることになりますが、ここで難航することになります。どのように難航したかを具体的に紹介することはできませんが、やっと家族の一人にコンタクトが取れて、身元保証人の説明をしていた矢先に、検察官から電話があり、勾留延長は行わず、勾留満期前に起訴猶予として女性を釈放するとの連絡を受けました。

 これは一見、喜ばしい一報に聞こえるかもしれません。ですが、女性が逮捕されてから、女性を取り巻く環境は全く変わっていない状態でした。
 環境調整ができていないにもかかわらず、起訴猶予として釈放されるのは、いったいどういうことなのか。売春を勧誘する女性については、とりあえず一旦逮捕して、10日程の勾留期間中に少し頭を冷やしてもらって釈放するというのが、売春防止法の運用なのかしら。もっと、その女性の更生支援に重点を置いた対応が法の趣旨なのではないかしらと、女性が釈放されたにもかかわらず、かえって悶々とした気持ちが生じてしまいました。

第3 困難な問題を抱える女性への支援に関する法律

 あれから数年経って、今般、また売春防止法について調べてみたところ、大幅な改正がなされていました。
 売春防止法にあった「補導処分」「保護更生」等の規定(改正前17条以下)は、売春を行うおそれのある女子のみを対象としていましたので、様々な問題を抱えた女性への支援としては十分でない状態にありました。そこで、これらの規定は、売春防止法からは削除され、2022年5月に成立した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」に転換されました(2024年4月1日施行)。
 この法律は、売春を行うおそれのある女性に限らず、「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により日常生活又は社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える女性(そのおそれのある女性を含む。)」に対しての包括的な支援を行うための根拠法として制定されました。
 同法律において、各都道府県は女性相談支援センターを設置することが義務付けられ(9条1項)、同センターは、困難な問題を抱える女性からの相談対応(同1号)、一時保護(同2号)、医学的又は心理学的な援助(同3号)、就労の支援、住宅の確保、援護、児童の保育等に関する制度の利用等について、情報の提供、助言、関係機関との連絡調整その他の援助(同4号)等の業務を行うものとされています。さらに、都道府県は、民間の団体と協働して、困難な問題を抱える女性の発見、相談その他の支援に関する業務を行うものとされています(13条1項)。
 今後は、売春防止法ではなく、この法律を根拠に困難な問題を抱える女性に対する包括的な支援が行われることが期待されています。数年前の私の悶々とした気持ちが少し晴れた改正でした。
 支援がなされるためには、まずは、各都道府県の女性相談支援センター(全国共通短縮ダイヤル:#8778)への相談が想定されています。支援が必要な女性の刑事弁護を担当したり、民事事件の相談を受けたりした際は、このような制度の利用を検討することも良いかもしれません。